2008年01月24日
降格されました。
惑星でも降格がある時代です…。
冥王星(めいおうせい、134340 Pluto)は準惑星であり、太陽系外縁天体内の新しいサブグループ(冥王星型天体)の代表例となる天体である。かつては太陽系第九惑星とされていた星でもある。
パーシヴァル・ローウェルによってその存在が予想され、1930年にクライド・トンボーによって発見された。軌道は離心率が比較的大きい楕円形であり、黄道面から大きく傾いている。直径は2,320kmであり、太陽系内の衛星のうち、地球の月を含むいくつかよりも小さい。冥王星の最大の衛星カロンは直径が冥王星の半分以上あり、二重天体とみなされることもある。
冥王星は海王星軌道の外側で太陽を公転する天体(今でいう太陽系外縁天体)としては最初に発見されたものである。1930年に発見されて以来、長い間太陽の9番目の惑星であり、外惑星の一つであるとされてきたが、1992年に冥王星以外の外縁天体が初めて発見されて以降、冥王星と似た大きさの外縁天体が続々と発見され始めた。その中でも2003年に撮影された写真の中から2005年に見出された(正式には2003年発見となっている)外縁天体エリス(仮符号・2003 UB313)は冥王星よりわずかに大きかった。このような太陽系研究の進展により、太陽系の研究者の間などでは、冥王星を惑星とみなすことへの疑問の声が広まっていた。
発見から76年後の2006年8月に開かれた国際天文学連合 (IAU) 総会で、それまで明確でなかった惑星の定義を定めるとともに、「dwarf planet」(準惑星)という分類を新設することが採択された。この結果、冥王星は小惑星ケレス、2003 UB313(エリス)などとともに準惑星に分類された。また、冥王星を外縁天体の「新しい下位分類のプロトタイプ」とすることも決定されたが、その分類の名称は未定である(日本学術会議では2007年4月9日の対外報告(第一報告)において「冥王星型天体」という日本語名称を推奨している)。再分類された後、冥王星は小惑星の一覧に記載され、小惑星番号134340番が与えられた。
1930年、天文学者クライド・トンボーはローウェル天文台で第9惑星を探すプロジェクトに取り組んでいた。トンボーは、当時最新の技術であった天体写真を用い、空の同じ区域の写真を数週間の間隔を空けて2枚撮影して、その画像の間で動いている天体を探すという方法で捜索を行った。撮影した膨大な写真を丹念に精査した結果、トンボーは1930年2月18日に、同年1月23日と1月29日に撮影された写真乾板の間で動いていると思われる天体を見つけた。1月20日の写真も、質は悪かったが動きを確認するのには役立った。ローウェル天文台はさらに確証的な写真を得るよう努力したあと、発見の報を1930年3月13日にハーバード大学天文台へ電報で送った。後に冥王星の写真は1915年3月19日まで遡って見つかった。このような経緯から、発見日は一般に1930年2月18日とされているが、小惑星センターに登録された一覧上では発見日は同年1月23日とされている。
冥王星が発見されるまでの歴史は、海王星の発見および天王星の存在と密接に結びついている。1840年代、ユルバン・ルヴェリエとジョン・クーチ・アダムズはニュートン力学を用いて、天王星の軌道における摂動の分析から、当時未発見の惑星だった海王星の位置を正確に予測した。摂動は他の惑星から重力で引かれることで起こるということが理論化され、ヨハン・ゴットフリート・ガレが海王星を1846年9月23日に発見した。
天文学者たちは19世紀後半の海王星の観測から、天王星の軌道が海王星に乱されていたのと同じように、海王星の軌道もまた他の未発見の惑星(「惑星X」)によって乱されていると推測し始めた。1909年までに、ウィリアム・ヘンリー・ピッカリングとパーシヴァル・ローウェルは、そのような惑星が存在する可能性のある天球座標をいくつか提唱した。1911年5月には、インド人の天文学者ヴェンカテシュ・ケタカルによる、未発見の惑星の位置を予測した計算がフランス天文学協会の会報で公表された。
(以上、ウィキペディアより引用)
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